お寺で言葉を伝える立場について、今日は少し考えてみます。『歎異抄』第六章には、親鸞聖人の言葉として「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」と記されています。 続くところでは、人がお念仏を申すのは、親鸞聖人自身の力でそうさせたか
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~北海道斜里町にある真宗大谷派寺院~
お寺で言葉を伝える立場について、今日は少し考えてみます。『歎異抄』第六章には、親鸞聖人の言葉として「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」と記されています。 続くところでは、人がお念仏を申すのは、親鸞聖人自身の力でそうさせたか
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秋の話を書くなら、紅葉の見頃を取り上げたくなります。けれど今日は、兼好法師の『徒然草』にある「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」という一節から考えてみます。 満開の花や、曇りのない月だけが見所なのか。そのあとに
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今日は、お仏壇を「お内仏」と呼ぶことから、少し考えてみたいと思います。東本願寺の案内には、お内仏を安置することは、大切なことを「いつも問いかけてくださる場を賜る」ことなのだと書かれています。 私は、お参りというと、まず自
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十月も半ばに近づき、年末まであと何日だろうと数えたくなります。今日は『星の王子さま』に出てくる、時間を節約する薬のお話です。 一粒飲むと、一週間、水を飲まずに済む。商人は、それで五十三分を節約できると説明します。王子さま
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毎日ここに短い文章を載せていくことになりました。何を書こうかと考える、その始まりに、夏目漱石の『硝子戸の中』の一節をご紹介します。 「狭いなりに事件が起って来る」 風邪でほとんど外へ出ずにいた漱石が、自分の周りで起こるこ
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十月に入り、秋の景色から始まる小説をご紹介したくなりました。カポーティの『草の竪琴』。村上春樹さんの訳です。 冒頭には、秋風が草を鳴らす音を、墓地に眠る人たちの物語を語る竪琴にたとえる場面があります。「人々の声を集めた竪
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