「自分なら、そんなことはしない」。この言い方を、今日は『歎異抄』の言葉に重ねて考えています。人のふるまいを見て何かを判断するとき、その人のことだけでなく、自分は大丈夫だという気持ちまで、ひそかに添えているのかもしれません
続きを読む自分なら、という線

~北海道斜里町にある真宗大谷派寺院~
「自分なら、そんなことはしない」。この言い方を、今日は『歎異抄』の言葉に重ねて考えています。人のふるまいを見て何かを判断するとき、その人のことだけでなく、自分は大丈夫だという気持ちまで、ひそかに添えているのかもしれません
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知りたい言葉があれば、検索してすぐに読むことができます。本のページも、画面も、こちらの都合で開ける。けれど、読めるところにあることと、その教えに出遇うことは、同じなのでしょうか。今日は『教行信証』のはじめの言葉をたずねま
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お仏壇の前にある、小さな鈴。今日は、その音が何のためにあるのかを、あらためて確かめてみます。お参りと聞けば、まず「チーン」という音を思い浮かべますが、音が鳴る場面にも意味があるのですね。 真宗大谷派の「お仏壇(お内仏)の
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「ありがたい」という言葉と、ありがたいと感じる心。その二つが、いつもぴったり重なるとは限りません。今日は、そのずれを『歎異抄』第九章から考えてみます。 唯円は、お念仏を申しても、躍り上がるほどの喜びが湧いてこないことを、
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十月も後半に入り、年末までの予定を考える時期になりました。今日は、日取りについて考えてみます。東本願寺の「暮らしに関するQ&A」には、六曜について「日に良し悪しはありません」とあります。 仏滅という字には「仏」が
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十月も半ば。冬支度という言葉から、今日は新美南吉の『手袋を買いに』を取り上げます。子狐が手袋を買えた、ほっとするお話。けれど、最後まで読むと、母狐の「ほんとうに人間はいいものかしら」というつぶやきが残ります。 子狐は、間
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