秋の話を書くなら、紅葉の見頃を取り上げたくなります。けれど今日は、兼好法師の『徒然草』にある「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」という一節から考えてみます。
満開の花や、曇りのない月だけが見所なのか。そのあとには、これから咲く梢や、花の散った庭にも目を向ける言葉が続きます。
斜里で季節を重ねて暮らすことを思うと、「一番いい時期」だけで季節を区切るのは、少しもったいない気がします。紅葉にはまだ早い、もう遅い。そう言った途端に、目の前にあるものまで、見るに値しないように扱ってしまいそうです。
私も、何かを味わう前に、見頃かどうか、評判どおりかどうかと確かめたくなります。景色を見ているつもりで、自分の期待に合うかを採点しているのかもしれません。
満開を楽しむ気持ちは、そのままで。ただ、そこから外れた日にまで、がっかりする理由を探さなくてもいいんだなと思いました。
出典:兼好法師『徒然草』第百三十七段。引用は下記ページの「原文」より(現代語訳からの引用ではありません)。出典を読む
見頃の外にも

