『文句菩薩』
朝から晩まで、
ブ―ブ―。ブツブツ。
誰かれ かまわず、
ブ―ブ―。ブツブツ。
それでも、あなたは
病人だから 仕方ないさ・・・。
我慢、我慢・・・と、
堪え修行。
だから、私は
文句菩薩。
~鈴木章子『がん告知のあとで』~
この詩は、今でも笑顔にしてくれる詩の一つです。出版前の段階でしたが、この詩を初めてみたとき、子どもたちみんなが思わず笑いました。同じ場面を思い出していたのじゃないかと思います。感情を何よりも大事にする母で、父も子供たちも喜怒哀楽という名のジェットコースターに乗車しているような家庭生活でした。夫婦喧嘩をすると、さあ大変です。3日も4日も「ハンガーストライキ」を宣言して、寝室から出てこないのです。幼い末っ子の慎介が、父に頼まれ食事を届けに向かい、子ども可愛さのあまり寝室から出てくる。そのようなことが何度もありました。
あらためて「なぜ、詩を目にしたとき、みんなが笑えたのだろうか?」と眺めていると、ひとつ気づかされたことがあります。文句をテーマに書きながら「誰も憎んでいない」ということです。文句の一つ一つに理由もあるはずなのにそっちのけ。自分に対しても、最後は「文句菩薩」と可愛く命名です。
仏法では、縁起の法に生きる姿に「順縁」と「逆縁」があると教えてくださいます。ご縁に身をゆだねる様子を「順縁」、ご縁に背を向ける様子を「逆縁」と申します。母にとって順縁の表現者『つらら菩薩』、逆縁の表現者『文句菩薩』。順逆問わず「どなたもどなたも無量寿の表現者」という仏教の本質的平等観が、私たちを笑顔にさせてくれた気がします。すぐに投げやりになる私には「あなたも無量寿の表現者。暗い凡夫じゃいけません。明るい凡夫なってくださいね。」との思し召し。私と慎介が母のハンガーストライキの話をしていると、そばで息子がゲラゲラ笑ってました。お祖母ちゃんのメッセージ…どうやら孫に届いたようです。人の一生というのは尊いものですね。
南無阿弥陀仏(コメント;啓介)

