この度、息子がお寺のホームページを作りましたので、私からもご挨拶いたしますね。副住職の鈴木啓介です。どうぞ、よろしくお願いいたします。
お寺の敷居が高くて・・・
私が、そんな言葉を耳にしてから、十数年の月日が流れました。
宗派独自の仏事・作法があって、私も稀に他宗の法要に呼ばれると、ドキドキします。だって、知らないことをするのですから。
宗派のことを宗門ともいわれますけれども、仏教の門は、お城の門のように囲ったり、敵の侵入を防ぐようなものではないのでしょうね。お釈迦様の気づかれた御法(おみのり)に、私たちにも頷かせてくれる働き、「自覚を開く」という意味でしょう。
私の母(鈴木章子)が癌でなくなる数か月まえのことでありましたが、私は京都の大谷大学を休ませてもらい病院で付き添うことにしました。母の病室に入ると「なんで帰ってきたの。想いは空間を固定しない」っていって、ぷいっと横向きました。
息子の提案で、このような事をはじめるとこになりましたけれども、私が、そっぽ向いた母に応える方法なのかも知れません。
日暮の中に感じられた御法、御法に考えさせられたことを投稿していければと思います。(もう少し見やすいようにしなきゃね)
お念仏は時間や空間を固定しない。
南無阿弥陀仏
【雉のつぶやき】11月3日 副住職からも。

