真宗大谷派 西念寺            

二人三脚

二人三脚

 

私の思慮分別では

どうにもならぬことは

おまかせしようと

選んでいましたら

みんなみんな

おかげさまとの

二人三脚でした

 

~鈴木章子「がん告知のあとで」~

 

 私が小学生のころ、夕食準備のお手伝いをしていたら、お母さんから「慎介、知っていて悪い事をするのと、知らないで悪い事をするのでは、どちらが悪いと思う?」と尋ねられました。変な事を尋ねるなと思いながらも、「当然、悪いことだと分かっているのに、悪い事をする方が悪い。」と、答えました。すると、母は「必ずしも、そうとは限らないと思うよ。」と、言っていました。

 今、この母からだされた宿題に思う事は、答えや常識というものを、そのまま鵜呑みにしてしまう事への危うさや、思いを超えた世界の中に生かされている「私」への目覚めを促してくれているように受け止めています。母の言葉は問いとなって「目覚めよ」と働きかけてくる。私は「願われている」と思います。

南無阿弥陀仏(コメント;慎介)

二人三脚
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