今回は、なぜ「雉のつぶやき」という名前を付けたのかということについて
お話していこうかと思います。
仏典童話に「雉のこころとおとく」というお話がございます。
少々長いため、省略しながら簡単に紹介させていただきますと、
背丈よりも高い草が、一面に生えている広い草原がありました。
そこに突然火事が起こった。火はものすごい勢いで燃え広がる。
そこ住んでいた一羽の雉が驚いて飛び上がり叫んだ。
「みんな早く逃げろ!焼かれて死んでしまうぞ!」
草原には他の動物たちもたくさん住んでいて、雉はじっとしていられなかったのである。叫びまわりながら飛ぶと、遠くの池まで飛んでいき、体をざぶざぶと水に浸すと、そのまま火事場へ飛んで戻り、羽に着いた水を火に振りかけたのである。
しかし、ほんのわずかな水しか運べないため、火事を消すのには何の役にも立たない。
だが雉はそれでも焼け死ぬ仲間のことを思うと、じっとしていることはできなかった。目が血走り、息は切れていながら同じことを何度も繰り返した。
羽の付け根には血が滲んでいた。
その様子を見ていた、仏様を守る役目の天の神様の帝釈天が、そばにやってきて、
「お前のやっていることは、やってもやり甲斐のないことだと分かっているだろう。なのにどうして、つづけているのだ。」と聞いた。
雉は答えた。「みんなのことを思うと、やらずにはいられないからです。」
「いつまでやるつもりだ。」
「死ぬまでやります。」
「お前の心は美しいが、そんなことをしても、誰もその心を知ってくれないぞ」
「甲斐はなくても、そうすることだけが、私のやらねばならないことだと思っています。だから、だれがそれをさとってくれなくても構いはしません」
その話を聞いていたほとけさまは、うれしそうに
「その心こそが尊いのだ」
と仰って、黒い雲を草原の上に集め、土砂降りの雨を降らせた。
このようなお話でございます。
「たとえ無駄でも構わない。焼け死ぬ仲間のことを思うとじっとしていられない。」と血を滲ませながらはばたき、水を運ぶ心は健気で、どこか儚く、どこか虚しく、どこか美しいように感じました。
私が、このお話の雉とった勇敢な行動のように、人の心を動かす言葉を語れるとは思っていません。
ですが、せめて雉のはばたきから落ちる一滴の水くらいの言葉が発信ができればいいなという願いを込めて、タイトルを付けさせていただきました。
以前までは「ハチドリのひとしずく」というタイトルにしようかとも思っていましたが
この「雉の心とおとく」というお話は、西念寺の運営する認定こども園斜里大谷幼稚園の全体礼拝という集会でも、恒例の先生から園児たちへのお話として伝えられるため、「雉」を選ばせていただきました。
※「ハチドリのひとしずく」というお話も大変素敵なものですので、ぜひ読んでみてください。
とはいえ、かたいお話をネットブログで見るのも退屈なことと思いますので
以前にお伝えした通り、それぞれの思ったことを簡単に投稿していくつもりです。
どうぞよろしくお願い致します。
