真宗大谷派 西念寺            

お盆の法要がありました。

 お盆が近づく7月下旬から多くの方々が納骨堂にお参りくだされました。

「亡き人を案ずる私が 亡き人から 案ぜられている」という言葉の前で、一人また一人とお名前を書かれて帰られ、ひと月ほどで3冊ほどになりました。遠方から来られた方、ご家族で来られた方、お年寄りから小学生まで・・・名前を眺めておりますと、心に温かなものが流れてまいりました。

 晩の見回りのさいに、供物がちょっぴり。次の日には、また、ちょっぴり増えてました。また、次の日には、木の蝋燭が本物の蝋燭に変わっておりました。ある方が、自分の家の納骨壇へのお供えを、ちょぴり分けてくれたのかなって思いました。また、ある方はお灯明をともして礼拝してくださったのだなあと思います。その、ちょっとちょっとが何とも温かい。ここに立つと、顔のない教科書の日本史ではないのだなあと実感します。

 10時30分から、西念寺のお墓(合葬墓)でお勤めをしました。参加者は少なめでしたが、幼稚園の子供たちも参加してくれてふれ合いもあり和やかでした。ある方はスマートフォオンでお勤めの様子をご家族に伝えておられました。息子と2人で「ライブ配信とか、こういうのも考えていったらいいね。」と話しています。

 ひとつお伝えしたいこととして、西念寺のお墓に納骨する費用のことですが、特段、定めはありません。お参りの際にお布施をいただけたら助かりますが、メディアで伝わってくるような「仏様お一人につき〇〇万円」というものは、私どものお寺にはございません。「うちは仏さん10人いるから、どうしよう」というような心配はご無用。ご門徒みんなのお墓です。残ったものがお参りをしていく・・・それでよいではありませんか。高橋責任総代とお話しする機会がありまして、お互いに「私もそう思う」と頷きあいました。

 11時から本堂において、みなさんと正信偈同朋奉賛をお勤めし親鸞賛歌を読みました。その後、ご法話を若院⇒慎介おじさん⇒住職の順番でいたしました。昨年まで前住職(真吾住職)⇒現住職⇒若院の順番でしたが、若院から「これって、順番、逆じゃない? いきなり深い話をされて、最後に自分というのは違う!間違ってる!」という笑顔クレームがあったので、今年は一番はじめ。

 歎異抄第5条の「親鸞は父母(ぶも)の孝養(きょうよう)のためとて、一辺にても念仏申したること、いまだ候はず。」という厳しいお言葉を、優しい声と笑顔で話しはじめました。なかなかです。とても印象的な話がありまして、お盆参りで各御宅へ訪問するのですが、場所がわからず前住職に電話をしたそうです(いつのまに!)。すると前住職は「いろんなご門徒さんに聞いて確かめるしかない。おれもいきなり住職になって、なんにもわからなかった。でも、大丈夫だ。西念寺のご門徒はみんな優しいから」といわれたそうです。そういう何気ない一言が一生残ったりするのだろうと思います。じいちゃんと孫って、親子とは違うイイ感じが漂ってくる。ご門徒さんを信じて頑張ろう。

 2番目は、私の弟の慎介。父の現況を話してくれてご門徒さんも一安心じゃないかと思います。今年は前住職がお盆参りしないので若院が頑張り切れるかなって心配でしたが助けてくれ有難かったです。声をかければ助けてくれる方はいるのだけれど、身勝手な気がして中々頼めないものです。わがままできるのも家族か・・・でも気を付けよう。

 慎介は父とよく「鈴木章子」について話をするようです。「なんで母さんは、あんなふうにおもえるのかなあ」と二人で首をかしげていると。それで、自分達は思いで物事をみるのだけれど、母さんはありのままに物事を見ていくようになったように思うと。身を乗り出して深く頷いているご門徒さんのお姿に、若院が感動しておりました。

 慎介はお盆参りの中で「独り暮らしのご門徒のおじいちゃんに現実を教えてもらった。」と言って札幌に帰りました。多くを語らずとも、その日その日を尽くして生きている姿に出会い、今までのドレスアップされた人生観の中で、悩み絶望していた自分の姿に気づかされたようです。「○○さんは、仏さまだわ」と言ってました。仏さまに出会えてなによりです。

 わたしの法話より、ずっと有難いお話でした。若院、慎介、お話に耳を傾け頷かれたり涙を流されていたご門徒の皆様、本当に有難うございました。とても嬉しいです。お盆参り中、少しお休みしていた母の詩の投稿やお寺の活動についてもアップしていきますね。

南無阿弥陀仏。

お盆の法要がありました。
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